
「社長〜、安くして〜」
テレビから聞こえてくる甘い声と、少し困ったような表情で値下げに応じる男性。
夢グループのCMを何度か見ているうちに、「この社長は、いったい何者なのだろう」と気になった人も多いのではないでしょうか。
独特の話し方から、どこかのんびりした人物に見えるかもしれません。
しかし、夢グループの石田重廣社長は、若い頃に何度も仕事をクビになり、事業でも失敗を重ねながら、関連会社を含めて年商200億円を超える企業を一代で築いた経営者です。
CMで見せる柔らかな笑顔の奥には、笑われても失敗しても、前に進むことをやめなかった人生がありました。
夢グループ社長・石田重廣は何者?
夢グループの社長は、石田重廣(いしだ・しげひろ)さんです。
株式会社夢グループの創業者であり、現在も代表取締役社長を務めています。
通販CMに出演する「会社の顔」である一方、コンサートの企画、芸能プロダクションの運営、歌手活動、地域の観光PRなどにも携わっています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 石田重廣 |
| 読み方 | いしだ・しげひろ |
| 生年月日 | 1958年7月1日 |
| 年齢 | 68歳 |
| 出身地 | 福島県福島市 |
| 役職 | 株式会社夢グループ代表取締役社長 |
| 主な事業 | 通信販売、コンサート、イベント企画、芸能プロダクション |
| 主な活動 | CM出演、歌手活動、地域PR |
| 田村市との関係 | 観光大使 |
年齢は2026年7月時点で68歳です。
夢グループは2003年に設立され、通販だけでなく、広告代理業務、イベント企画、コンサート主催、芸能プロダクションなどを展開しています。
会社の詳しい事業内容は、夢グループ公式サイト・会社概要でも確認できます。
石田重廣社長は現在も夢グループの第一線にいる
「最近も社長を続けているの?」
そんな疑問を持つ人もいるかもしれませんが、石田重廣さんは現在も夢グループの代表取締役社長です。
社長業だけに専念しているわけではありません。保科有里さんと一緒にテレビCMやイベントへ出演し、自ら夢グループの広告塔を務めています。
2026年には、日清食品の新商品CMに保科有里さんと出演。人気ゲーム『バイオハザード レクイエム』とのコラボ企画にも参加しました。
さらに、夢グループとして初めて韓国人歌手を中心とした韓流コンサートを開催するなど、昭和歌謡だけにとどまらない事業にも乗り出しています。
2025年には、故郷である福島県の田村市観光大使にも就任しました。
全国に掲載する夢グループの新聞広告を活用し、田村市やあぶくま洞を広める活動にも取り組んでいます。
観光大使としての活動は、田村市公式ホームページ・観光大使の紹介に掲載されています。
68歳になった現在も、新しい企画へ飛び込み、自分自身が表舞台に立ち続けているのです。
若い頃は、何をしても失敗ばかりだった
現在の石田社長だけを見ると、最初から商売の才能に恵まれていたように感じるかもしれません。
実際の若い頃は、順調とはほど遠いものでした。
石田重廣さんは福島県福島市で生まれ、教育熱心な家庭で育ちました。
福島大学附属小学校、附属中学校へ進みましたが、本人によると勉強は苦手だったそうです。
少年時代に夢中になったのは野球でした。
甲子園を目指して宮城県の東北高校野球部に入りましたが、その夢は途中で断念しています。
19歳になると、大学進学を目指して東京へ向かいました。
ところが、試験会場を間違えたり、電車から降りられずに遅刻したりと、受験でも思うような結果を残せません。
親から送ってもらった受験料を友人に盗まれ、大学への進学そのものを諦めることになりました。
上京後に始めたアルバイトも長続きしませんでした。
築地市場や飲食店などで働いたものの、本人が「クビ、クビ、クビの連続」と振り返るほど、何度も職を失っています。
普通なら、自分には何も向いていないと諦めてしまう場面です。
それでも石田さんは、失敗するたびに別の仕事を探しました。
この「止まらなかったこと」が、後の人生を大きく変えていきます。
飛び込み営業から商売の道が開けた
転機になったのは、本や百科事典、地球儀などを販売する飛び込み営業でした。
会社勤めでは失敗が続いた石田さんでしたが、自分の言葉で商品を売る営業では、少しずつ結果を出せるようになります。
その後、広告入りの地図を作り、地域の店舗などから広告を集める事業を始めました。
会社に雇われるとうまくいかなかった人が、自分で商売を始めたことで力を発揮し始めたのです。
もちろん、その後も成功ばかりではありません。
中国から輸入した絨毯の販売で失敗するなど、大きな損失も経験しました。
それでも中国や香港とのつながりを諦めず、シルク製品や通販商品の輸入販売へ事業を広げていきます。
30代になると通販会社のユーコーを設立。中国や香港から仕入れた商品を、日本国内で販売する事業を本格化させました。
失敗を消そうとするのではなく、失敗の中から次に売れるものを探し続けたのです。
夢グループは「狩人」のために始まった
夢グループは、最初から現在のような通販・芸能会社として始まったわけではありません。
芸能事業へ本格的に進むきっかけになったのは、「あずさ2号」で知られる兄弟デュオ・狩人でした。
石田さんは2003年、狩人のマネジメントを行うために芸能事務所「有限会社あずさ2号」を設立します。
当時、狩人の仕事は決して多くありませんでした。
石田さんは、ただ所属してもらうだけではなく、自ら全国の会館や主催者へ営業し、出演する場所を増やしていきました。
芸能人の出演料やコンサートの内容を分かりやすくパッケージ化したことも、仕事の増加につながったとされています。
その評判が歌手仲間の間に広まり、所属を希望する芸能人が少しずつ増えていきました。
三善英史さんが所属したことをきっかけに、会社名を現在の「夢グループ」へ変更します。
やがて、通販事業と芸能事業が結びつきました。
所属歌手によるコンサートを開催し、新聞やテレビで商品を販売する、現在の夢グループらしい形が作られていったのです。
出版社による自伝の紹介では、夢グループは関連会社を含めて年商200億円を超える企業へ成長したとされています。
アルバイトを何度もクビになった青年が、自分の会社を持ち、多くの人が知る企業を築き上げました。
その道のりは、きれいな成功物語ではありません。
何度転んでも、その場で終わりにしなかった人の物語です。
なぜ夢グループのCMは忘れられないのか
夢グループのCMは、洗練された企業広告とは少し違います。
石田社長の独特な福島訛り、ゆっくりとした商品説明、保科有里さんの「安くして」というお願い。
完璧に作り込まれた広告というより、目の前で商品を売っているような親しみがあります。
CMは自社スタジオで撮影され、構成や演出にも石田社長自身が深く関わっているとされています。
「シーデー」「デーブイデー」という独特の言い方も、最初から流行らせるために作った言葉ではありません。
自然な話し方を直さず、そのままCMに出たことで、かえって視聴者の記憶に残りました。
広告では、きれいに話すことや格好よく見せることが正解だと思われがちです。
しかし、夢グループのCMは少し違います。
うまく話せなくても、格好よく見えなくても、誰が売っているのかが伝わる。
その不器用な人間らしさが、夢グループだけの個性になっています。
保科有里との関係は夫婦でも愛人でもない
夢グループのCMで石田社長と共演している女性は、歌手の保科有里さんです。
2人の距離が近く、夫婦漫才のような掛け合いを見せることから、「保科有里さんは奥さんなの?」「愛人なの?」と気になる人もいるようです。
確認されている2人の関係は、夢グループの社長と所属歌手であり、長年一緒に仕事をしてきたビジネスパートナーです。
石田社長自身も、保科有里さんについて愛人ではないと否定しています。
2人はCMだけでなく、コンサートやイベント、テレビ番組にも一緒に出演しています。
さらに「夢 石田社長と有里」というデュオを組み、楽曲も発表しました。
恋愛関係が確認されたわけではなく、現在は愛人疑惑そのものを笑いに変えながら活動しています。
あの親しげな掛け合いは、長く一緒に仕事をしてきた2人だからこそ生まれる空気なのでしょう。
石田重廣社長に妻や子供はいる?
石田重廣さんの妻について、名前や顔写真などの詳しい情報は公表されていません。
現在結婚しているのか、過去にどのような結婚歴があったのかについても、公式に確認できる情報は限られています。
一方、子供がいることは、石田社長本人の発言から確認できます。
保科有里さんとの愛人疑惑が話題になった際、石田社長は自分の子供からも「パパの愛人」と言われることを、イベントで冗談交じりに明かしていました。
ただし、子供の人数、名前、年齢、職業などは公表されていません。
家族が一般の人である可能性もあるため、確認できない情報を推測で埋めるべきではないでしょう。
夢グループ社長の髪はかつらなの?
夢グループ社長について検索すると、「かつら」という言葉が表示されることがあります。
結論として、石田重廣さんがかつらを使用していると確認できる公式情報はありません。
本人や夢グループが、髪について公表した事実も確認できませんでした。
髪が黒く整って見えることや、テレビCMで何度も目にすることから、視聴者の間で噂が広がった可能性はあります。
しかし、映像の印象だけでかつらだと判断することはできません。
照明、髪のセット、撮影時期によっても見え方は変わります。
現時点で言えるのは、かつらという噂はあるものの、事実としては確認できないということだけです。
笑われても、前に出る人は強い
石田重廣社長は、完璧な経営者には見えないかもしれません。
話し方には訛りがあり、CMには手作り感があり、自分の失敗談も隠そうとしません。
しかし、その完璧ではない姿を隠さず、何度失敗しても人前に立ち続けてきました。
大学受験に失敗した。
アルバイトを何度もクビになった。
輸入事業でも広告でも、大きな失敗を経験した。
それでも、「自分には無理だった」と人生を閉じなかったのです。
失敗したら、別の売り方を考える。
仕事がなければ、自分で営業する。
広告に出る人がいなければ、自分が出る。
その積み重ねが、夢グループという会社と、誰も忘れないCMを生みました。
テレビから聞こえる「安くして」という一言が、少し温かく感じられるのは、その向こうに、何度転んでも商売を続けてきた一人の人間がいるからなのかもしれません。
出典
- 夢グループ公式サイト
- 田村市公式ホームページ
- 東北高等学校
- 内外出版社
- 文春オンライン
- 週刊文春
- ORICON NEWS
- 日刊スポーツ









