
「さて皆さん」の呼びかけが聞こえてくると、今日も朝が始まった――。
関西で暮らしてきた人にとって、浜村淳さんの声は、単なるラジオ番組の音ではなかったのかもしれません。
2024年3月に『ありがとう浜村淳です』の平日放送が終了した後も、土曜日版は続いてきました。しかし、MBSラジオは土曜日版についても、2026年9月26日をもってレギュラー放送を終了すると発表しています。
「浜村淳さんも、ついに引退するのだろうか」
そんな寂しさを感じた人もいるでしょう。
ただ、終わるのは『ありがとう浜村淳です』という長寿番組です。91歳になった浜村淳さんのラジオ人生まで、ここで終わるわけではありません。
浜村淳の現在は?91歳で土曜の生放送に出演中
浜村淳さんは、現在もMBSラジオ『ありがとう浜村淳です』のパーソナリティーを務めています。
2026年7月時点の年齢は91歳。毎週土曜日の午前8時から11時30分まで、3時間30分の生放送に出演しています。
ただし、この土曜日版は2026年9月26日の放送を最後に終了する予定です。
現在確認されている主な番組は、次のとおりです。
| 番組名 | 放送時間 | 今後 |
|---|---|---|
| ありがとう浜村淳です | 毎週土曜 午前8時~11時30分 | 2026年9月26日で終了予定 |
| 浜村淳の歌の宝石箱 | 毎週日曜 午前5時30分~ | 9月以降も継続予定 |
『ありがとう浜村淳です』が終了しても、『浜村淳の歌の宝石箱』は引き続き放送されます。
そのため、浜村淳さんが芸能界やラジオの仕事から完全に引退すると発表されたわけではありません。
『ありがとう浜村淳です』が9月で終了する理由
MBSラジオが最初に発表した終了理由は、2026年秋の番組改編です。
しかし、その後の説明からは、単なる番組編成の変更だけではない事情も見えてきました。
大きな理由はラジオ局の「世代交代」
MBSラジオの原厳一郎社長は、浜村淳さんを「MBSラジオの宝」と表現したうえで、将来を考えるとパーソナリティーの世代交代が必要だったと説明しています。
『ありがとう浜村淳です』は、1974年から続いてきた番組です。
一人のパーソナリティーが50年以上にわたって番組の中心に立ち続けたこと自体、極めて異例といえるでしょう。
ただ、どれほど愛されている番組でも、放送局には次の世代を育て、これから先の番組編成を考える役割があります。
2024年に平日版を終了し、2026年に土曜日版にも区切りをつける決断には、MBSラジオ側の世代交代への意識がありました。
3時間30分の生放送による負担も考慮された
浜村淳さんは91歳です。
土曜日の番組では、午前8時から11時30分まで、3時間30分の生放送を担当しています。
座って話す仕事に見えても、生放送ではニュースや芸能、映画、天気、リスナーからの便りなど、次々と変わる話題に対応しなければなりません。
放送前の準備も含めれば、出演者にかかる負担は決して小さくないでしょう。
MBSラジオ社長は、浜村淳さんの年齢や体調を考えたとき、長時間の生放送は大きな負担になるのではないかと考えたことを明かしています。
2026年4月の入院が決断のきっかけになった
番組終了を考える大きなきっかけになったのが、浜村淳さんの入院でした。
浜村淳さんは2026年4月、検査のため番組を休演。MBSラジオ社長の説明では、入院期間は約3週間だったとされています。
放送局には、浜村淳さんの体調を心配するリスナーからの声も届いていました。
長く番組を続けてほしいという気持ちがある一方で、体調を崩して突然番組が終わる形にはしたくない。
元気に話せるうちに、浜村淳さん自身の言葉でリスナーへ感謝を伝え、きちんと花道をつくりたい。その思いも、終了の決断につながったようです。
浜村淳本人は「しんどいとは思っていない」
番組終了の理由として体力面への配慮が挙げられていますが、浜村淳さん本人の受け止め方は少し違います。
リスナーから「しんどいと思いますが、もう少し続けてほしい」という便りを受けた際、浜村淳さんは「しんどいとは思いません」と答えました。
91歳という年齢についても、自分ではそれほど高齢だとは思っていない様子で、健康を保ちながら休まずに続けたいという気持ちを語っています。
つまり、浜村淳さん本人が「もう話せない」「体力の限界を迎えた」と申し出て、番組終了を決めたわけではありません。
放送局側が将来の編成、世代交代、長時間の生放送による負担を総合的に考え、本人と相談した結果として決まった区切りです。
「できるなら、まだ続けたい」
浜村淳さんの言葉からは、そんな思いもにじみます。
浜村淳は病気なの?大腸がん治療後に番組へ復帰
浜村淳さんの現在を調べる人のなかには、病気や体調を心配している人も少なくありません。
浜村淳さんは2025年10月、大腸がんの治療のため一時的に番組を休演しました。
その後、2025年11月には『ありがとう浜村淳です』へ復帰。再び生放送のマイクの前に戻っています。
さらに2026年4月には、検査入院のため番組を休みました。
ただし、現在の詳しい病状や検査結果については公表されていません。入院したという事実だけを見て、病気が悪化していると断定することはできません。
2026年7月にも生放送へ出演し、自らの言葉で番組への思いを語っています。
大腸がんの治療歴や検査入院があったことは事実ですが、現在もラジオ出演を続けていることも、同じように大切な事実です。
平日放送が2024年に終了した理由
『ありがとう浜村淳です』の平日版は、2024年3月29日に最終回を迎えました。
当時の大きな理由は、番組開始から50年という節目と、次の世代を担う人材を育てる必要性でした。
平日版は月曜日から金曜日まで、毎朝放送される帯番組です。
週に1度の土曜日版とは違い、平日の朝に毎日出演し続ける生活は、年齢にかかわらず大きな負担になります。
MBSラジオ側から提案を受けた浜村淳さんも、50年を一区切りとして後進に道を譲ることを了承しました。
当時は「本音は続けたい」としながらも、よい引き時だと受け止めています。
平日版の終了は、不祥事や人気低下による打ち切りではありません。50年続いた番組だからこそ、どこで次の世代へ渡すのかを考えた末の決断でした。
『ありがとう浜村淳です』は何年続いた?
『ありがとう浜村淳です』の歩みは、半世紀を超えています。
- 1972年:前身番組『ごめんやす浜村淳です』がスタート
- 1974年:平日版『ありがとう浜村淳です』がスタート
- 1977年:土曜日版が『ありがとう浜村淳です土曜日です』へ改題
- 2024年3月:平日版が終了
- 2026年9月:土曜日版が終了予定
平日版の開始から数えると、2026年で52年になります。
番組を子どもの頃に聞いていた人が親になり、やがて孫と同じ時間を過ごすようになるまで、浜村淳さんの声は関西の朝に流れ続けました。
ニュースや映画の話を聞いた記憶だけでなく、家族で囲んだ朝食、通勤中の車内、商店や職場の風景まで一緒によみがえる。
長寿番組が終わる寂しさは、番組そのものより、自分の過ごしてきた時間に区切りをつけられるように感じるからなのかもしれません。
9月以降も『浜村淳の歌の宝石箱』は継続
『ありがとう浜村淳です』終了後も、浜村淳さんの声をラジオで聞くことはできます。
毎週日曜日の午前5時30分から放送されている『浜村淳の歌の宝石箱』は、9月以降も継続する予定です。
この番組では、懐かしい歌や歌手にまつわる話を、浜村淳さんならではの語り口で届けています。
3時間30分の生放送から、短い収録番組へ。
出演の形は変わっても、映画や音楽の物語を声で届ける仕事は続きます。
今後、そのほかの番組やイベントに出演するかどうかは確認できません。ただ、現時点で完全引退の発表はなく、浜村淳さん本人も『歌の宝石箱』を聞いてほしいと呼びかけています。
終わるのは番組、浜村淳の声ではない
『ありがとう浜村淳です』は、2026年9月26日でレギュラー放送を終了します。
終了の背景にあるのは、MBSラジオの世代交代、91歳という年齢への配慮、3時間30分に及ぶ生放送の負担、そして2026年4月の入院です。
ただ、浜村淳さん本人は、仕事をしんどいとは感じていないと語っています。
まだ話したいことがある。まだ届けたい歌がある。まだマイクの向こうにいる人へ声をかけたい。
そんな思いがあるからこそ、『浜村淳の歌の宝石箱』は続いていくのでしょう。
50年以上にわたって交わされてきた「ありがとう」。
最後に感謝を伝えたいのは浜村淳さんだけではありません。
声に励まされ、笑わされ、毎朝を支えてもらったリスナーの側にも、きっと同じ言葉が残っています。
「浜村さん、長い間、本当にありがとう」と。
出典
- MBSラジオ
- 日刊スポーツ
- スポーツニッポン
- ORICON NEWS
- ENCOUNT
- Lmaga.jp









