
「ゴイゴイスー!」の大きな声と、感情を隠さないツッコミで知られるダイアンの津田篤宏さん。
『水曜日のダウンタウン』の人気企画「名探偵津田」で新たなファンを増やし、2026年5月には50歳の誕生日に初の単著『津田日記』を発売しました。
ところが、津田さんにはテレビで使っている「津田」とは別の名字があります。
現在の本名は「石村篤宏」です。
2006年に妻・りえさんと結婚した後、夫婦でりえさんの母方の祖母の養子となり、名字が津田から石村へ変わりました。
なぜ夫婦で養子になったのでしょうか。
妻の実家が「お金持ち」といわれる理由や、3人の子ども、東京と関西を行き来してきた家族の現在まで、本人と家族が公表した内容をもとに整理します。
気になる内容からチェック
ダイアン津田の本名は石村篤宏
津田さんの芸名は「津田篤宏」ですが、現在の本名は「石村篤宏」です。
「津田」は芸人になる前から名乗っていた名字であり、芸名として作ったものではありません。
妻・りえさんと2006年に結婚した当初、夫婦は津田姓を名乗っていました。
その後、りえさんが長男を妊娠した時期に、りえさんの母方の祖母から「石村の名字を継いでほしい」という希望が伝えられます。
話し合いの結果、津田さんとりえさんは、夫婦で祖母の養子になることを決めました。
そのため、名字は「津田」から「石村」へ変わっています。
妻のブログによると、りえさんが津田姓だった期間は、結婚後のおよそ1年半でした。
現在も芸能活動では「ダイアン津田」として知られているため、本名より旧姓の方が広く定着しています。
「妻の家へ婿入りした」だけではなかった
津田さんについては、「妻の名字を選んだ」「婿入りした」と説明されることがあります。
しかし、妻のりえさんが公表した経緯によると、夫だけが妻の家へ入ったのではありません。
津田さんとりえさんの夫婦二人が、りえさんの母方の祖母の養子になったという形です。
結婚時点で石村姓になったわけでもなく、長男の妊娠をきっかけに、祖母の名字を残すための話が進みました。
津田さんは芸人として活動していたため、仕事上の名前は「津田」のままにしています。
法律上の名字は変わっても、長年使ってきた芸名までは変えなかったということです。
津田の母親は名字が変わることに反対していた
津田さんはテレビ番組で、養子になる話が出た当初、自身の母親が反対していたと語っています。
息子の名字が津田ではなくなることに、寂しさや抵抗があったようです。
そこで登場するのが、津田さんが繰り返しテレビで話してきた「100万円」のエピソードです。
津田さんによると、妻の祖母が津田さんの母親へ100万円を渡す話を持ちかけると、養子の話が進んだといいます。
バラエティー番組で笑い話として語られているため、実際の家族間の細かなやり取りまでは確認できません。
ただし、津田さん自身が「本名は石村」「結婚後に養子に入った」と複数の番組で明かしていることは事実です。
妻の実家は本当に大金持ちなのか
「ダイアン津田の嫁の実家は金持ち」という話が広まった理由は、津田さんがテレビで披露してきた結婚後のエピソードにあります。
津田さんは、妻の祖母から次のようなものを贈られたと話しています。
- ベンツ
- ロレックス
- 現金
本人はこれらについて、養子になる際の「結納みたいなもの」と表現しました。
一般家庭では簡単に用意できない贈り物であるため、妻の家系が裕福だという印象が広まったのでしょう。
一方で、「資産が何億円ある」「株や不動産で莫大な利益を得た」といった具体的な資産額や事業内容は、信頼できる公表情報では確認できません。
したがって、妻の家系が経済的に余裕のある家庭だった可能性は高いものの、正確な資産額を断定することはできません。
妻・りえさんはどんな人?
津田さんの妻は、りえさんです。
りえさんは、2023年1月にAmebaでオフィシャルブログ「ごいごいすー!!な毎日」を開設しました。
ブログでは、夫婦の日常、子どもたちの成長、津田さんの仕事に対する家族の反応などを紹介しています。
芸能人の妻として夫を一方的に持ち上げるのではなく、家庭内での少し面倒な行動や、子どもたちからの率直なツッコミも書かれているのが特徴です。
津田さんがテレビで見せる、怒りやすく感情の起伏が激しい姿も、家庭では特別なものではないようです。
りえさんはインタビューで、夫について感情表現がわかりやすく、隠し事をしない人だと語っています。
出会いは合コンではなく、津田の自宅だった
二人の出会いについて、過去の記事では「友人が開いた合コン」と説明されることがあります。
しかし、りえさん本人のインタビューによると、一般的な合コンとは少し違います。
りえさんが友人と一緒にいたところ、知人だった天津・木村さんから「後輩の家で飲んでいるから来ないか」と誘われました。
その後輩が、津田さんでした。
りえさんと友人、天津・木村さん、津田さんの4人で過ごしましたが、津田さんはゲームに夢中で、最初はりえさんへ強い関心を見せなかったといいます。
芸人の家を見られたという程度で、滞在時間も1時間ほどでした。
ところが、初対面のときに連絡先を交換していた二人は、その後も連絡を取り合います。
出会ってから1~2か月ほどで交際が始まり、2006年に結婚しました。
売れない時期でも結婚を決めた理由
結婚当時の津田さんは、現在のような全国区の人気芸人ではありませんでした。
りえさんによると、当時は周囲に「ダイアン」と伝えても、ほとんど知られていなかったといいます。
月収も安定しておらず、一桁万円の月がある一方で、多くても12万~13万円程度でした。
りえさんは当時、保育士として勤務していました。
津田さんの収入だけでは生活できないため、結婚後も働き続け、出産後も職場へ戻るつもりでいたそうです。
それでも結婚を決めたのは、津田さんと一緒にいると気を使わず、本音で過ごせたからでした。
人気や収入が約束されていたから選んだのではありません。
「この人と一緒にいれば、これからも楽しく過ごせそうだ」と感じたことが、結婚を決めた大きな理由だったと話しています。
二人の間には3人の子どもがいる
津田さんとりえさんの間には、長男、次男、長女の3人の子どもがいます。
妻の公式ブログでは、2023年の開設時に次のように紹介されていました。
- 長男・りょうごさん
- 次男・しゅうごさん
- 長女・ここのさん
子どもたちは、妻のブログや津田さんのYouTubeに登場することがあります。
ただし、生活環境や進学先など、本人たちが公表していない情報を推測するべきではありません。
2026年3月、津田さんはテレビ番組で、3人の子どもが全員同じ年に卒業を迎えると明かしました。
さらに、長男が東京の大学へ進学する予定で、東京で一緒に暮らす可能性があるとも話しています。
その後、本当に二人暮らしが始まったのかは、公表されている情報だけでは確認できません。
東京と関西を行き来する単身赴任生活
ダイアンは大阪を中心に活動した後、2018年に本格的な東京進出を果たしました。
津田さんは東京で仕事をする一方、妻と子どもたちは関西で生活してきました。
そのため、津田さんは東京と関西を行き来する単身赴任に近い生活を続けています。
妻のりえさんは2023年のインタビューで、離れて暮らしていても津田さんから1日に5~6回ほどLINEが届くと話していました。
テレビでは夫婦のけんかや不満を面白く語ることがありますが、連絡を取り合いながら家族関係を続けてきたことがうかがえます。
2025年12月には、りえさんの誕生日に夫婦で大阪のランチへ出かけたこともブログで紹介されました。
仕事が忙しくなり、子どもたちも成長した現在も、二人で過ごす時間を作っているようです。
「子煩悩」という言葉だけでは表せない父親像
津田さんの吉本興業公式プロフィールには、趣味として「子供と遊ぶ事」と書かれています。
妻のブログやインタビューでも、津田さんが子どもと遊ぶ姿や、仕事の合間に関西へ帰る様子が紹介されてきました。
ただし、りえさんは夫について、単純な意味での「子煩悩」とは少し違うとも話しています。
子どもの希望を何でも受け入れるというより、自分も一緒に遊びたい、家族の出来事へ参加したいという気持ちが強いようです。
仕事の都合で家を空けることが増えても、家庭とのつながりを失いたくない。
その不器用さが、津田さんらしい父親像なのかもしれません。
2026年、50歳で初の単著を発売
津田さんは1976年5月27日生まれです。
2026年5月27日、50歳の誕生日に初の単著『津田日記』を発売しました。
同書には、テレビ、ラジオ、劇場、YouTube、家族との時間など、2025年の365日を一日も欠かさず手書きで記録した内容が収められています。
仕事の成功だけでなく、妻とのけんかや仕事への不満、飲み会、ゴルフ、家族サービスまで、津田さんの感情がそのまま記されています。
「名探偵津田」で知られる人気者になっても、家庭では夫であり、3人の子どもの父親です。
テレビで見せる大声や怒りだけではわからない日常が、現在の津田さんの人気を支える一面になっています。
ダイアン津田のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 芸名 | 津田篤宏 |
| 本名 | 石村篤宏 |
| 生年月日 | 1976年5月27日 |
| 年齢 | 50歳 |
| 出身地 | 滋賀県 |
| 身長 | 165cm |
| 体重 | 51kg |
| 血液型 | O型 |
| 所属 | 吉本興業 |
| コンビ名 | ダイアン |
| 相方 | ユースケ |
| コンビ結成 | 2000年4月 |
| NSC | 大阪校22期 |
| 趣味 | 子どもと遊ぶこと |
| 代表的なギャグ | ゴイゴイスー |
| 妻 | りえさん |
| 子ども | 長男・次男・長女の3人 |
身長や体重は、吉本興業の公式プロフィールに記載されている数字です。
よくある疑問
津田篤宏の本名はなぜ石村なの?
妻・りえさんと結婚後、夫婦でりえさんの母方の祖母の養子となったためです。
祖母から石村姓を残してほしいという希望があり、名字を津田から石村へ変更しました。
妻の名前は?
妻は、りえさんです。
オフィシャルブログやインタビューでも「りえ」の名前で活動しています。
妻は何歳?
正確な生年月日は、確認できる公式情報では公表されていません。
りえさんはインタビューで、21~22歳ごろに津田さんと交際を始め、24歳で結婚したと話しています。
妻は元保育士?
りえさん本人が、津田さんとの結婚当時は保育士として働いていたと明かしています。
妻の実家は本当に金持ち?
津田さんは、妻の家系がお金持ちで、祖母からベンツ、ロレックス、現金を贈られたとテレビで話しています。
ただし、実家の正確な資産額や事業内容は公表されておらず、「何億円ある」と断定できる根拠は確認できません。
津田さんは離婚している?
離婚を発表した事実は確認できません。
妻のブログでは、夫婦で食事へ出かける様子や家族の日常が紹介されています。
子どもは何人?
長男、次男、長女の3人です。
2026年には3人全員が卒業を迎え、長男は東京の大学へ進学する予定だと津田さんが語っています。
「ゴイゴイスー」の外側に、20年続いた家族がいる
テレビで怒り、追い込まれ、最後には大声で「ゴイゴイスー」と叫ぶ。
津田さんは、感情を隠さない姿を笑いに変えてきました。
その一方で、まだ収入が安定していなかった時代に結婚し、妻の祖母の希望を受け入れて石村姓となり、3人の子どもの父親になっています。
妻の実家から高価な贈り物を受け取った話だけを切り取れば、派手な芸能人エピソードに見えるかもしれません。
しかし、その前後には、名字を残したい祖母、息子の名字が変わることを寂しがった母、売れない時代から働いて家計を支えたりえさんがいました。
2026年、津田さんは50歳を迎えました。
子どもたちは成長し、夫婦の暮らし方も次の段階へ進もうとしています。
テレビで見せる津田さんの人間くささは、突然作られたキャラクターではありません。
結婚から約20年。うれしいことも、面倒なことも、全部声に出しながら進んできた家族の日常が、そのまま津田さんの笑いにつながっているのでしょう。
出典
- 吉本興業「津田篤宏 プロフィール」
- 吉本興業「ダイアン プロフィール」
- CHANTO WEB「ダイアン津田の妻・りえ インタビュー」
- ORICON NEWS「ダイアン津田、本名は『津田』ではなかった」
- ORICON NEWS「ダイアン津田、今春から新生活がスタート?」
- ORICON NEWS「ダイアン津田の妻・りえさんブログ開設」
- 日刊スポーツ「ダイアン津田、本名は石村」
- ABEMA TIMES「妻の家系はお金持ち」
- ダイアン津田嫁オフィシャルブログ「ごいごいすー!!な毎日」
- 新潮社『津田日記』