
「寺島しのぶさんの息子は、どこの学校に通っているの?」
寺嶋眞秀さんについて調べると、慶應義塾幼稚舎の名前を目にすることがあります。
しかし、本人や家族、所属事務所が学校名を正式に公表した事実は確認できません。現在の中学校についても同様です。
その一方で、眞秀さんの歩みは、学校名だけでは語れないほど大きく変化しています。
2023年に初代「尾上眞秀」を名乗って初舞台を踏み、2025年には映画へ進出。2026年には歌舞伎座で『連獅子』の仔獅子を勤めました。
「寺島しのぶの息子」と紹介されていた少年は、いま、自分の名前で舞台の中央に立ち始めています。
気になる内容からチェック
寺嶋眞秀の学校は公表されていない
結論からいうと、寺嶋眞秀さんが現在通っている学校名は、公式には公表されていません。
所属事務所の公式プロフィールに掲載されているのは、生年月日や出身地などの基本情報です。幼稚園、小学校、中学校といった学歴は記載されていません。
松竹エンタテインメント「尾上眞秀」公式プロフィール
芸能活動をしているとはいえ、眞秀さんはまだ13歳です。
学校名は毎日の生活場所につながる情報でもあるため、本人や家族が公表していない段階で断定するのは避けたほうがよいでしょう。

慶應義塾幼稚舎に通っていたという噂は本当?
インターネット上では、眞秀さんが慶應義塾幼稚舎に通っていたという情報が広がっています。
噂の背景には、2019年に眞秀さんが「都内の有名私立小学校」へ入学したと報じられたことがあります。
一部の報道では、その学校について「お受験界の東大と呼ばれる」「非常に倍率が高い」と表現されていました。そこから学校名を推測した記事が増え、いつの間にか事実のように定着したと考えられます。
ただし、当時の報道でも学校名そのものは明記されていません。
本人、寺島しのぶさん、所属事務所、学校側からの公式発表も確認できないため、慶應義塾幼稚舎に通っていたと断定することはできません。
現在通っている中学校も明らかになっていない
2012年9月生まれの眞秀さんは、2025年春に小学校を卒業する年齢を迎えました。
実際に、2025年3月には寺島しのぶさんの投稿をもとに、眞秀さんが小学校の卒業を控えていることが報じられています。
その後に進学した中学校については、学校名を確認できる公式発表はありません。
歌舞伎や映画の仕事を続けながら通学していると考えられますが、具体的な学校名や学習環境については公表されていないのが現状です。
寺嶋眞秀は現在「尾上眞秀」として活動している
寺嶋眞秀さんを最近のテレビや映画で知った人は、「尾上眞秀という名前ではなかったの?」と戸惑うかもしれません。
どちらも同じ人物です。
「寺嶋眞秀」は本名で、「尾上眞秀」は歌舞伎俳優として名乗っている芸名です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 芸名 | 初代 尾上眞秀 |
| 本名 | 寺嶋眞秀 |
| 読み方 | てらじま・まほろ/おのえ・まほろ |
| 生年月日 | 2012年9月11日 |
| 年齢 | 13歳 |
| 出身地 | 東京都 |
| 屋号 | 音羽屋 |
| 母親 | 寺島しのぶ |
| 父親 | ローラン・グナシア |
※年齢は2026年7月20日現在。
2023年に初代・尾上眞秀として初舞台
眞秀さんは2017年、4歳のときに歌舞伎座で初お目見得しました。
当時は本名の寺嶋眞秀として舞台に立っていましたが、2023年5月の「團菊祭五月大歌舞伎」で初代・尾上眞秀を名乗り、本格的な初舞台を踏んでいます。
演目は『音菊眞秀若武者』。
10歳だった眞秀さんは、歌舞伎役者として新しい名前を背負い、大勢の観客が見守る歌舞伎座の舞台に立ちました。
「寺島しのぶさんの息子が歌舞伎に出演した」というだけではありません。
自分の芸名を持ち、音羽屋の一人として歩き出した大きな節目でした。

尾上眞秀の現在は歌舞伎だけにとどまらない
尾上眞秀さんの現在の活動で目を引くのは、歌舞伎の枠だけに収まっていないことです。
映画、現代的な舞台作品、テレビドラマなど、幼い頃から触れてきた複数の世界を行き来しています。
映画『港のひかり』でスクリーンデビュー
2025年公開の映画『港のひかり』で、眞秀さんは映画初出演を果たしました。
演じたのは、目の見えない少年・幸太です。
元ヤクザの漁師・三浦と幸太が、年齢を超えて心を通わせていく物語で、三浦役を舘ひろしさん、成長した幸太役を眞栄田郷敦さんが演じています。
映画『港のひかり』公式サイト
歌舞伎では、動きや声を大きく使い、客席の奥まで感情を届けます。
一方、映画では、表情や視線のわずかな変化がスクリーンに映し出されます。
まったく異なる表現が求められる映画に挑んだことで、眞秀さんは「歌舞伎界の名門に生まれた少年」から、一人の俳優としても注目されるようになりました。
歌舞伎以外の舞台『踊る。遠野物語』にも出演
2025年には、歌舞伎以外の舞台作品『踊る。遠野物語』にも挑戦しています。
バレエ、舞踏、音楽など、異なる分野の表現者が集まる作品です。
伝統的な歌舞伎の型を学ぶ一方で、型の異なるダンサーや演出家から刺激を受ける。
日仏の文化を身近に感じながら育ってきた眞秀さんにとって、異なる表現が交わる場所は、決して不自然なものではなかったのかもしれません。

2026年には歌舞伎座で『連獅子』の仔獅子に
2026年4月、眞秀さんは歌舞伎座の「四月大歌舞伎」で『連獅子』に出演しました。
親獅子を勤めたのは尾上右近さん。眞秀さんは仔獅子の精を演じています。
『連獅子』は、親獅子が仔獅子を深い谷へ突き落とし、自力ではい上がってきた子だけを育てるという伝説をもとにした演目です。
親が子を思う愛情と、子が試練を乗り越えて成長していく姿が描かれます。
まだ13歳の眞秀さんが大きな衣裳をまとい、歌舞伎座で仔獅子を踊る姿には、演目そのものと重なるものがあります。
名門の家に生まれたからといって、舞台の厳しさが軽くなるわけではありません。
最後は自分の身体で踊り、自分の力で観客を振り向かせるしかないのです。
寺嶋眞秀の父親はフランス人のローラン・グナシア
眞秀さんの父親は、フランス人のローラン・グナシアさんです。
アートディレクターやクリエイティブディレクターとして活動し、芸術や文化に深く関わってきました。
母親が日本人の寺島しのぶさん、父親がフランス人のローランさんであるため、眞秀さんは日本とフランスのルーツを持っています。
父親と話すときはフランス語
眞秀さんは幼い頃から、日本語とフランス語の両方に触れて育ちました。
2023年に初代・尾上眞秀としての初舞台を発表した記者会見は、フランス大使公邸で開かれています。
その場で眞秀さんは流暢なフランス語を披露し、「いつか僕とパパの母国のフランスで歌舞伎公演をやってみたい」と夢を語りました。
歌舞伎は日本を代表する伝統芸能です。
しかし、眞秀さんにとってフランスは、遠い外国ではありません。父親と家族が暮らしてきた、もう一つの大切な文化です。
いつかフランス語で歌舞伎の魅力を伝える日が来ても、不思議ではないでしょう。

「ハーフ」という言葉だけでは収まらない強み
眞秀さんは「フランス人とのハーフ」「バイリンガルの歌舞伎役者」と紹介されることがあります。
もちろん、それも眞秀さんの大切な一面です。
ただ、二つの国にルーツを持つことの本当の強みは、語学力だけではないでしょう。
日本の伝統を内側から学びながら、フランスの文化や価値観にも日常的に触れてきたこと。
一つの正解だけに縛られず、異なるものが共存する環境で育ってきたこと。
歌舞伎、映画、ダンスと活動の幅を広げる現在の姿には、そんな生い立ちが自然に表れているように見えます。
母親は寺島しのぶ、祖父は七代目尾上菊五郎
眞秀さんの母親は、俳優の寺島しのぶさんです。
映画や舞台で数々の難役を演じ、日本国内だけでなく海外の映画祭でも高く評価されてきました。
寺島しのぶさんの父親は七代目尾上菊五郎さん、母親は俳優の富司純子さんです。
眞秀さんから見ると、七代目尾上菊五郎さんが祖父、富司純子さんが祖母にあたります。
さらに、母親の弟は八代目尾上菊五郎さんです。
| 続柄 | 名前 |
|---|---|
| 母親 | 寺島しのぶ |
| 父親 | ローラン・グナシア |
| 母方の祖父 | 七代目尾上菊五郎 |
| 母方の祖母 | 富司純子 |
| 母方の叔父 | 八代目尾上菊五郎 |
| いとこ | 六代目尾上菊之助 |
華やかな名前が並びますが、眞秀さんは家族の看板だけで舞台に立っているわけではありません。
幼い頃から稽古を重ね、映画では新しい演技を学び、歌舞伎以外の舞台にも飛び込んでいます。
受け継いだものを守るだけでなく、自分の経験を重ねて少しずつ形を変えているところに、眞秀さんらしさがあります。
寺島しのぶの息子が歌舞伎役者になれたのはなぜ?
歌舞伎の世界では、伝統的に男性が舞台に立ちます。
寺島しのぶさん自身も歌舞伎の名門に生まれましたが、女性であることから歌舞伎俳優の道を選ぶことはできませんでした。
その息子である眞秀さんが歌舞伎の舞台に立ったことで、「母親の思いを息子が受け継いだ」と語られることもあります。
ただ、眞秀さんは会見で「小さい頃から歌舞伎が好きだった」と自分の言葉で話しています。
周囲の期待だけでは、厳しい稽古を何年も続けることはできません。
母親の人生を背負わされている少年ではなく、歌舞伎が好きで、自ら舞台に立つことを選んだ一人の表現者として見ることも大切です。
寺嶋眞秀についてよくある疑問
寺嶋眞秀の読み方は?
「てらじま・まほろ」と読みます。
歌舞伎俳優としての芸名「尾上眞秀」は、「おのえ・まほろ」です。
「眞秀」を初めて見て、そのまま読める人は多くないかもしれません。「まっすぐ秀でた人になってほしい」という願いを感じさせる、印象的な名前です。
寺嶋眞秀は慶應義塾幼稚舎出身?
慶應義塾幼稚舎に通っていたと断定できる公式情報は確認できません。
都内の難関私立小学校に入学したという報道から、学校名が推測されたとみられます。本人や家族が公表していない以上、噂と確認済みの事実は分けて考える必要があります。
現在の中学校はどこ?
現在通っている中学校名は公表されていません。
2025年春に小学校を卒業する年齢を迎えていますが、その後の進学先について確認できる公式発表はありません。
寺嶋眞秀は日本とフランスのハーフ?
母親の寺島しのぶさんが日本人、父親のローラン・グナシアさんがフランス人です。
眞秀さんは日本とフランスの両方にルーツを持ち、日本語とフランス語を使って育っています。
寺嶋眞秀と尾上眞秀は同一人物?
同一人物です。
寺嶋眞秀が本名で、尾上眞秀は2023年の初舞台から名乗っている歌舞伎俳優としての芸名です。
尾上眞秀は現在何歳?
2012年9月11日生まれで、2026年7月20日現在は13歳です。
2026年9月11日に14歳の誕生日を迎えます。

学校名よりも、これから刻まれる「尾上眞秀」の名前
寺嶋眞秀さんが通っていた学校として、慶應義塾幼稚舎の名前が広まっています。
しかし、学校名を裏付ける公式発表はなく、現在の中学校についても公表されていません。
確認できるのは、2012年に生まれた少年が、2023年に初代・尾上眞秀として初舞台を踏み、2025年に映画へ飛び込み、2026年には歌舞伎座で仔獅子を踊ったことです。
母は寺島しのぶさん。父はフランス人のローラン・グナシアさん。祖父は七代目尾上菊五郎さん。
眞秀さんの周りには、確かに大きな名前が並んでいます。
それでも、舞台の幕が開けば、観客が見つめるのは家系図ではありません。
そこに立つ一人の役者です。
学校名を探すよりも、「尾上眞秀」という名前がこれからどんな舞台に刻まれていくのか。その歩みのほうが、ずっと気になる存在になり始めています。

出典
- 松竹エンタテインメント「尾上眞秀プロフィール」
- 歌舞伎美人
- 歌舞伎俳優名鑑 現在の俳優篇
- 映画『港のひかり』公式サイト
- Bunkamura
- ORICON NEWS
- 女性セブンプラス
- 週刊女性PRIME









