
二神一人(ふたがみ・かずひと)氏は、高知高から法政大学へ進み、2009年のドラフト会議で阪神タイガースから1位指名を受けた元プロ野球投手です。大学球界で実績を残してプロ入りし、阪神では2010年から2016年までプレーしました。
一軍公式戦では通算27試合に登板し、救援を中心に経験を積みました。現役引退後は阪神タイガースの球団広報へ転身しています。ドラフト1位で期待を集めた大学時代から、プロで残した成績、引退後の歩みまでを整理します。
二神一人とは?高知高・法政大出身の元プロ野球投手
二神一人氏は1987年6月3日生まれ、高知県出身の右投右打の投手です。日本野球機構の選手データでは、身長185cm、体重88kgと記録されています。
高校は高知高に進学し、卒業後は法政大学へ進みました。プロ野球選手としては阪神タイガースに所属し、入団時の背番号は18でした。その後、2014年シーズンからは背番号66を着用しています。阪神の背番号18は、二神氏が大学球界で築いた実績と、将来の投手陣を担う存在として寄せられた期待の大きさを示す番号でもありました。
プロ入り後は先発候補として見られながら、一軍では救援での登板も経験しました。一軍での登板が記録されているのは2012年、2014年、2015年の3シーズンです。
高知高から法政大学へ進んだ野球人生
二神氏は高知高を経て法政大学に進学し、東京六大学野球で登板を重ねました。大学野球の舞台で評価を高め、最終学年となる4年時にはチームと自身の両面で大きな結果を残しています。
4年春の東京六大学野球では最優秀防御率を獲得し、ベストナインにも選出されました。リーグ戦で安定した投球を続けたことが、全国大会や代表活動につながる土台となりました。
また、全日本大学野球選手権では法政大学の優勝に貢献し、大会MVPを受賞しています。個人としての評価だけでなく、全国大会でチームを勝利へ導いた経験は、二神氏の大学時代を語るうえで欠かせない実績です。
日米大学野球選手権の日本代表にも選出
大学最終年には、日米大学野球選手権の日本代表にも選ばれました。東京六大学野球、全日本大学野球選手権、日本代表と、大学野球の主要な舞台で経験を積んだことが、プロからの高い評価へつながりました。
法政大学で残した最優秀防御率、ベストナイン、全日本大学野球選手権MVP、日本代表選出という経歴は、2009年のドラフトで阪神が1位指名した背景として位置付けられます。プロ入り前から、即戦力として期待を集めた右腕でした。
2009年ドラフト1位で阪神タイガースへ入団
阪神タイガースは2009年のドラフト会議で二神氏を1位指名しました。二神氏は2010年から阪神に在籍し、2016年までプロ野球選手としてプレーしています。
ドラフト1位で入団した投手には、チームの先発ローテーションや将来の投手陣を支える役割が期待されます。二神氏も先発候補としてプロのスタートを切りましたが、一軍では救援での登板も重ねました。
一軍公式戦での初登板は2012年です。その後、2014年と2015年にも一軍で登板し、プロ野球の公式戦で積み上げた登板数は通算27試合となっています。
阪神タイガースでの一軍通算成績
二神氏の一軍通算成績は、27試合登板、0勝3敗、1ホールド、防御率5.31です。投球回は40回2/3、奪三振は37を記録しました。
勝利数は残らなかったものの、40回2/3で37奪三振を記録しており、一軍の打者を相手に三振を奪う投球を見せたことが分かります。先発と救援では求められる準備や登板間隔が異なるため、救援登板を経験したこともプロでの歩みの一部となりました。
通算の登板数だけを見るのではなく、2012年に一軍へ到達し、2014年と2015年にも登板機会を得た点をたどると、阪神の投手陣の一員として過ごしたプロ生活を把握しやすくなります。
年度別に見る一軍での登板内容

2012年は4試合に登板
2012年は4試合に登板し、0勝1敗、防御率4.38を記録しました。この年に一軍公式戦のマウンドを経験し、プロとしての実戦登板をスタートさせています。
2014年は11試合でプロ初ホールド
2014年は11試合に登板し、0勝2敗、1ホールド、防御率8.79でした。ホールドは、一定の条件を満たした救援投手に記録される指標です。二神氏にとって、この1ホールドが一軍で残した唯一のホールドとなりました。
2015年は自身最多の12試合に登板
2015年は一軍で自身最多となる12試合に登板しました。投球回は14回で、17奪三振、防御率2.57を記録しています。
一軍で登板した3シーズンのうち、登板数と奪三振数が最も多かったのが2015年です。防御率も2点台となり、救援として登板機会を得ながら数字を残しました。
二神一人氏は2016年限りで現役を引退
二神氏は2016年限りで現役を引退しました。阪神での在籍期間は2010年から2016年までの7シーズンです。
2016年は一軍公式戦での登板がなく、この年をもってプロ野球選手としてのキャリアを終えました。一軍での登板年は限られましたが、大学球界での実績を経てドラフト1位で阪神に入団し、プロのマウンドに立った経歴は残っています。
引退後は阪神タイガースの球団広報へ転身

現役引退後、二神氏は阪神タイガースに残り、現役引退後も阪神タイガースに残り、2016年12月1日付で球団の広報担当に転身しました。選手としてプレーした球団を、今度は情報発信やチーム運営を支える立場から支えることになりました。
二神氏の歩みは、高知高から法政大学へ進み、大学球界で全国優勝とMVPを経験した後、阪神からドラフト1位指名を受けた流れに特徴があります。プロでは一軍通算27試合に登板し、引退後も阪神と関わる道を選びました。
大学時代の華々しい実績、一軍で記録した27試合の登板、そして球団広報への転身までをあわせて見ることで、二神一人氏の野球人生を時系列で理解できます。
出典
- 日本野球機構「二神 一人(阪神タイガース)|個人年度別成績」
- 日本野球機構「阪神タイガース 選択選手一覧|2009年プロ野球ドラフト会議」
- 東京六大学野球連盟「2009年春季リーグ戦」
- 全日本大学野球連盟「第37回日米大学野球選手権大会 日本代表メンバー」
- 阪神タイガース「背番号について」
- 阪神タイガース「オフシーズントラ番ニュース」










