
フィギュアスケート界から、うれしいニュースが届きました。
「りくりゅう」の愛称で親しまれてきた三浦璃来さんと木原龍一さんが、2026年8月23日に婚約を発表しました。
2人が公開した写真には、氷上で木原さんが片膝をつき、三浦さんへ指輪を贈る姿が。
しかも、写真が撮影されたのは2人がペアを結成した思い出の場所。さらに身にまとっていたのは、2026年ミラノ・コルティナ五輪で歴史的な逆転金メダルを獲得した際のフリーの衣装でした。
2019年に競技パートナーとなり、日本のペアスケートの歴史を次々と塗り替えてきた2人。
世界選手権制覇、ケガによる苦難、オリンピック金メダル、そして現役引退。
長い時間を一緒に過ごしてきた「りくりゅう」が、今度は人生のパートナーとして新たな一歩を踏み出します。
一方で、
「りくりゅうはいつから付き合っていたの?」
「2人の馴れ初めは?」
「結婚や入籍はいつ?」
と気になった方も多いのではないでしょうか。
この記事では、2026年8月23日の婚約発表をはじめ、2人の出会い、2019年のペア結成からミラノ・コルティナ五輪金メダル、引退までの【りくりゅう7年間の軌跡】をまとめます。
※本記事は2026年8月23日時点で公表・報道されている情報をもとに作成しています。
りくりゅうが2026年8月23日に婚約を発表
2026年8月23日、三浦璃来さんと木原龍一さんは、それぞれのSNSを通じて婚約したことを発表しました。
公開された写真には、リンクの上で木原さんが片膝をつき、三浦さんへ指輪を贈る姿や、2人が笑顔で指輪を披露する姿が収められています。
2人は連名のメッセージで、うれしい時もつらい時も多くの時間をともに過ごし、支え合ってきた中で、お互いが「かけがえのない、なくてはならない存在」になったことを明かしました。
競技生活で何度も一緒に立ってきたリンクの上から届いた、まさに「りくりゅう」らしい婚約報告です。
婚約写真は「2人がペアを結成した思い出の場所」で撮影
今回の婚約写真には、もう一つ注目したいポイントがあります。
婚約発表後、三浦さんは自身のXで、
写真について「私たちがペアを結成した思い出の場所で撮影しました」と明かしました。
2019年、競技パートナーとしての2人の物語が始まった場所。
そのリンクに再び2人で立ち、今度は人生のパートナーになることを報告したことになります。
そして、写真で2人が着用している衣装にも意味があります。
婚約写真の衣装はミラノ五輪で金メダルを獲得したフリー衣装
2人が婚約写真で身にまとっていたのは、2026年ミラノ・コルティナ五輪のフリーで着用した衣装です。
このフリーこそ、りくりゅうがショートプログラム5位から歴史的な大逆転を果たし、日本ペア史上初となるオリンピック金メダルを獲得した演技でした。
つまり今回の婚約写真は、
2人の競技人生が始まった思い出のリンク
そして、
2人が世界の頂点に立った時の衣装
という、競技人生を象徴する要素が重なっています。
氷の上から始まった2人だからこその、特別な婚約写真といえそうです。
木原龍一の34歳の誕生日翌日に婚約発表
婚約発表が行われた8月23日の前日、8月22日は木原龍一さんの34歳の誕生日でした。
木原さんは1992年8月22日生まれ。
三浦さんも前日のSNSで、木原さんの34歳の誕生日を祝福していました。
その翌日に届いた婚約発表ということで、タイミングにも注目が集まりました。
ただし、誕生日に合わせて婚約を発表したのか、実際にプロポーズが行われた日がいつなのかについては公表されていません。
ここは推測せず、「木原さんの34歳の誕生日翌日に婚約が発表された」という事実までとしておきたいところです。
三浦璃来「あまり驚かれていないことに驚いています笑」
婚約発表後には、三浦さんらしい投稿も話題になりました。
多くの祝福メッセージが届く中、三浦さんは8月23日に自身のXを更新。
「あまり驚かれていないことに驚いています笑」
と投稿しました。
長年「お似合い」と見守ってきた人が多かったこともあり、婚約発表を驚きよりも「やっぱり!」という気持ちで受け止めたファンも少なくなかったようです。
さらに同日、2人のYouTubeチャンネル「りくりゅうちゃんねる」では、2人が「50の質問」に答える動画も公開されました。
動画自体は7月に撮影されたものでしたが、婚約発表当日に公開されたことで、2人の素顔や関係性にも改めて注目が集まっています。
りくりゅうはいつから付き合っていた?
婚約発表を受けて、特に気になっている人が多いのが、
「三浦璃来さんと木原龍一さんは、いつから付き合っていたの?」
という点でしょう。
結論からいうと、交際を始めた具体的な時期は公表されていません。
2人がペアを結成したのは2019年ですが、それはあくまで競技パートナーとしてのスタートです。
2019年から交際していたという事実も確認されていません。
現役時代から非常に仲が良く、試合後に抱き合う姿や、普段の息の合った掛け合いなどから「お似合い」という声が多かった2人。
しかし、少なくとも婚約発表以前に、本人たちが交際開始時期を公表した事実は確認できません。
そのため、
「○年から交際していた」
「ペア結成当初から恋人だった」
などと断定するのは避けるべきでしょう。
五輪後には「家族みたい」「ご想像にお任せします」
今振り返ると印象深いのが、2026年2月25日に行われた日本記者クラブでの会見です。
ミラノ・コルティナ五輪で金メダルを獲得した2人に対し、
「仲の良いきょうだい、友人関係、夫婦漫才にも見えるが、何が正解なのか」
という趣旨の質問がありました。
木原さんが「戦友じゃないですけど」と答えると、三浦さんは木原さんとの関係について、「一緒にいて当たり前ですし、家族みたい」と表現。
最後には2人で、
「ご想像にお任せします」
と声をそろえていました。
当時はまだ婚約は公表されていません。
それから約半年後、本当に2人が人生のパートナーになることを発表したわけです。
りくりゅうの馴れ初めは?始まりは2019年のペア結成
恋愛関係としての馴れ初めや交際開始時期は明かされていません。
一方で、「りくりゅう」という競技ペアが誕生した経緯は本人たちが詳しく語っています。
三浦璃来さんと木原龍一さんが新しいペアを結成したことが正式に発表されたのは、2019年8月です。
当時の木原さんは、高橋成美さん、須崎海羽さんとのペアを経験し、ソチ五輪、平昌五輪にも出場していたベテラン選手。
一方の三浦さんも以前のパートナーとのペアを解消し、新しいパートナーを探していました。
そして、木原さんへ声をかけたのは三浦さんでした。
三浦璃来が木原龍一へ声をかけるのを後押しした人物も
JOCのインタビューで三浦さんは、木原さんが9歳年上ということもあり、当初は声をかけることをためらっていたと振り返っています。
三浦さんから見た当時の木原さんは「怖い人」という印象も強かったそうです。
そんな三浦さんの背中を押したのが、共通の友人だったアイスダンサーの小松原美里さんでした。
木原さんの人柄について聞いたことがきっかけとなり、三浦さんは木原さんへ声をかけます。
そしてトライアウトを行った木原さんは、三浦さんと滑った時に、
「絶対これはうまくいく」
と直感したと振り返っています。
今となっては、日本のペアスケートの歴史を変えることになる出会いでした。
三浦璃来から見た木原龍一の第一印象は「怖い&まじめ」
婚約を発表した2026年8月23日、YouTube「りくりゅうちゃんねる」で公開された「50の質問」でも、2人の第一印象が明かされました。
三浦さんから見た木原さんの第一印象は、
「怖い&まじめ」
だったそうです。
一方、木原さんから見た三浦さんの第一印象は、ウォームアップ中の様子を見て「ウォームアップしねえなあ」と感じたことだったと明かされています。
現在の2人からは想像しにくい少し距離のある第一印象からスタートし、やがて世界一のペアへ。
その変化を知ると、7年間という時間の長さを改めて感じます。
カナダを拠点に世界を目指した2人
ペア結成後、りくりゅうはカナダを練習拠点として世界のトップを目指します。
ペア競技には、リフトやツイストリフト、スロージャンプなど、一歩間違えれば大きなケガにつながる技もあります。
それだけに、技術と同じくらいパートナー同士の信頼関係が重要です。
カナダを同じ練習拠点とし、多くの時間をともに過ごしながら、2人は少しずつ世界との差を縮めていきました。
2021年の世界選手権では10位。
そして2022年、大きな飛躍の時を迎えます。
2022年北京五輪でペア7位|団体はのちに銀メダルへ
2022年北京冬季オリンピック。
三浦璃来さんと木原龍一さんは、初めて2人そろってオリンピックの舞台に立ちました。
個人のペアでは7位入賞。
これは日本のペアとして当時のオリンピック最高順位となる快挙でした。
また団体戦にも出場。
大会当時、日本は3位で銅メダルでしたが、その後、当初1位だったROCの選手のドーピング違反による資格停止を受けて順位が変更され、日本は銀メダルへ繰り上がっています。
同年3月の世界選手権では銀メダルを獲得。
りくりゅうは一気に世界トップクラスのペアへ成長していきました。
2022-23シーズン、日本勢初の「年間グランドスラム」
そして迎えた2022-23シーズン。
りくりゅうは、日本のフィギュアスケート史に新たな記録を刻みます。
- 2022年12月:グランプリファイナル優勝
- 2023年:四大陸選手権優勝
- 2023年3月:世界選手権優勝
主要国際大会を同一シーズンですべて制し、日本勢として初めて「年間グランドスラム」を達成しました。
2019年のペア結成からわずか数年。
長く世界との差が大きいといわれてきた日本のペア競技で、2人はついに世界チャンピオンになります。
順風満帆ではなかった|木原龍一が腰椎分離症
世界王者になった2人でしたが、その後の道のりは決して順調ではありませんでした。
2023年、木原さんの腰に異変が起きます。
同年10月、腰椎分離症と診断され、グランプリシリーズや全日本選手権など前半の主要大会を欠場。
氷上へ戻った後も、ジャンプを1回転・1日3回までに制限する時期があるほど慎重なリハビリが続きました。
MBS『情熱大陸』の取材で木原さんは、一人だったら押しつぶされていたかもしれない状況で、三浦さんの存在に助けられたことを明かしています。
ペア競技に必要なのは、技術だけではありません。
苦しい時にも隣にいるパートナーを信頼できるか。
この時期を乗り越えたことが、その後の2人の強さにつながっていきました。
2024年世界選手権では三浦璃来が肩を亜脱臼
試練に見舞われたのは木原さんだけではありません。
2024年の世界選手権では、フリー当日の6分間練習中に三浦さんが転倒し、肩を亜脱臼。
万全とはいえない状態でフリーへ臨むことになりました。
それでも2人は最後まで演技をやり切り、世界選手権で銀メダルを獲得。
木原さんの腰、三浦さんの肩。
どちらかが苦しい時にもう一方が支える。
婚約発表で2人が振り返った「辛い時も支え合ってきた」という言葉の背景には、こうした時間もありました。
2025年、世界選手権で2度目の優勝
ケガや困難を乗り越えた2人は、再び世界の頂点へ戻ります。
2025年3月、米ボストンで開催された世界選手権。
ショートプログラム首位から迎えたフリーを終え、合計219.79点。
ドイツのペアとの接戦を制し、2023年以来2年ぶり、2度目となる世界選手権優勝を果たしました。
そして2人の視線は、競技人生最大の目標である2026年ミラノ・コルティナ五輪へ向かいます。
2026年ミラノ五輪|SP5位から歴史的大逆転
2026年2月、ミラノ・コルティナ冬季オリンピック。
世界王者として臨んだりくりゅうでしたが、個人戦は思わぬスタートとなりました。
ショートプログラムではリフトにミスが出て、73.11点の5位。
金メダル争いでは大きなビハインドを背負うことになります。
しかし、ここから2人は歴史に残る演技を見せます。
フリーで記録した得点は、
158.13点。
当時の世界歴代最高得点でした。
合計得点は、
231.24点。
SP5位から一気に逆転し、金メダルを獲得しました。
日本ペア史上初のオリンピック金メダル
三浦璃来さんと木原龍一さんが獲得した金メダルは、日本のフィギュアスケート・ペアとして史上初のオリンピック金メダルでした。
2019年。
引退も考えていた木原さんへ、三浦さんが声をかけて始まったペア。
そこから約7年で、
世界選手権優勝。
年間グランドスラム。
そしてオリンピック金メダル。
2人は、日本のペアスケートでそれまで誰もたどり着けなかった場所まで進みました。
「性格もスケートも、すべての相性がいい」
五輪後に公開されたJOCのインタビューでは、2人の関係性について興味深い話も出ています。
三浦さんによると、9歳年上の木原さんには当初敬語を使い、気を遣いながら接していたそうです。
しかし長い時間をともにする中で、けんかをしてもその日のうちに謝るなど、自然と2人なりのルールができていきました。
三浦さんは2人について、性格が違うからこそ一緒にいて苦にならず、スケートも含めて「すべての相性がいい」と語っています。
木原さんも、2人で乗り越えてきた壁が絆を強くし、日々の積み重ねによって信頼感が高まったと振り返っています。
競技上のペアとして世界一になった理由が、少し分かるようなエピソードです。
2026年4月、2人そろって現役を引退
ミラノ・コルティナ五輪で金メダルを獲得してから約2か月後。
2026年4月28日、2人は東京都内で記者会見を開き、そろって競技生活から引退しました。
木原さんは五輪で優勝した時点で引退について話したことを説明。
三浦さんも、五輪フリーですべてを出し切り「やり切った」という気持ちになったことを明かしています。
引退会見で三浦さんは、ペアを組んでからの7年間について、アスリートとしてだけではなく一人の人間としても成長できた「かけがえのない時間」だったと振り返りました。
木原さんも、
「璃来ちゃんとじゃなければここに来ることはできなかった」
と、最高のパートナーとの出会いへの感謝を語っています。
この時点では、まだ婚約は公表されていませんでした。
それから約4か月後。
2人から新しい人生のスタートが発表されたのです。
2019年から2026年まで|りくりゅう7年間の軌跡
2人の歩みを時系列で整理すると、その7年間がどれほど濃密だったのかが分かります。
| 時期 | 主な出来事 |
|---|---|
| 2019年8月 | 三浦璃来・木原龍一ペア結成 |
| 2021年 | 世界選手権10位 |
| 2022年2月 | 北京五輪ペア7位入賞 |
| 2022年 | 北京五輪団体メダル獲得(のちに銀へ繰り上がり) |
| 2022年3月 | 世界選手権2位 |
| 2022年12月 | グランプリファイナル初優勝 |
| 2023年 | 四大陸選手権優勝 |
| 2023年3月 | 世界選手権初優勝 |
| 2023年 | 日本勢初の年間グランドスラム達成 |
| 2023年 | 木原龍一が腰椎分離症 |
| 2024年 | 世界選手権2位 |
| 2025年3月 | 世界選手権2度目の優勝 |
| 2025年12月 | グランプリファイナル2度目の優勝 |
| 2026年2月 | ミラノ・コルティナ五輪団体銀メダル |
| 2026年2月 | ミラノ・コルティナ五輪ペア金メダル |
| 2026年4月28日 | 現役引退会見 |
| 2026年8月23日 | 婚約を発表 |
競技ペアとして歩んだ約7年間は、そのまま日本のペアスケートが世界の頂点へ到達していく歴史でもありました。
三浦璃来と木原龍一のプロフィール
三浦璃来
- 名前:三浦璃来(みうら・りく)
- 生年月日:2001年12月17日
- 年齢:24歳(2026年8月23日時点)
- 出身:兵庫県
- 所属:木下グループ
- 2015年:女子シングルからペアへ転向
- 2019年:木原龍一さんとペア結成
木原龍一
- 名前:木原龍一(きはら・りゅういち)
- 生年月日:1992年8月22日
- 年齢:34歳(2026年8月23日時点)
- 出身:愛知県
- 所属:木下グループ
- 2013年:男子シングルからペアへ転向
- 2019年:三浦璃来さんとペア結成
2人の年齢差は約9歳です。
年齢も性格も違う2人でしたが、競技では互いの長所を引き出し、世界最高峰のパートナーシップを築きました。
りくりゅうはいつ結婚する?入籍日や結婚式は?
婚約発表を受けて、次に気になるのが、
「結婚や入籍はいつ?」
という点でしょう。
しかし、2026年8月23日時点で、入籍日や結婚式の日程は公表されていません。
また、
- 交際を始めた時期
- プロポーズを行った具体的な日
- 入籍予定日
- 結婚式・披露宴の予定
についても、現時点で確認できる公表情報はありません。
今後、新しい情報が本人たちから発表される可能性はありますが、現段階で確認できるのは「2人が婚約した」というところまでです。
引退後も「りくりゅう」は続く
2人は競技選手としては2026年4月に現役を引退しましたが、「りくりゅう」の活動が終わったわけではありません。
現在はプロスケーターとして活動し、アイスショーなどにも出演。
さらに木原さんは五輪後の会見で、将来的には日本で2人でペア競技の指導者になることが目標だと語っています。
競技選手として世界の頂点まで到達した2人が、その経験を次の世代へどう伝えていくのか。
今後の活動にも注目したいところです。
まとめ|競技パートナーから人生のパートナーへ
2026年8月23日、「りくりゅう」こと三浦璃来さんと木原龍一さんが婚約を発表しました。
2人がペアを結成したのは2019年。
三浦さんが木原さんへ声をかけたことから始まった物語は、世界選手権制覇、日本勢初の年間グランドスラム、そしてミラノ・コルティナ五輪での日本ペア史上初となる金メダルへとつながりました。
その間には、木原さんの腰椎分離症や三浦さんの肩の亜脱臼など、決して順調とはいえない時期もありました。
それでも2人は支え合い、世界の頂点までたどり着きました。
そして現役を引退した2026年。
今度は競技ではなく、人生をともに歩むパートナーになることを発表しました。
しかも婚約写真が撮影されたのは、2人がペアを結成した思い出の場所。
身にまとっていたのは、オリンピック金メダルをつかんだ思い出の衣装でした。
競技人生のスタート地点で、新しい人生のスタートを報告した2人。
リンクの上から始まった「りくりゅう」の物語は、これからも続いていきます。
三浦璃来さん、木原龍一さん、ご婚約おめでとうございます。










